まさにNothing compares 2U

今朝ニュースでシンニード・オコナーの訃報を知った。起き抜けになかなかのショックな話。

一日何事もなく仕事をして、帰宅して、食事して・・・でもずっと心の中に靄がかかったような一日だった。

思っていたより私にとって影響力ある人だったな。今日は1日中、気づけばシンニードの歌がずっと頭の中で流れていた。唯一無二の人、まさにそういう人が彼女だった。他に比較できる人はいないくらい、個性の塊で自身の義のまま生きた人、そんな風に彼女を見てきた。

楽天ブログ時代に彼女について記事を書いた記憶がある(うろ覚え)けど、それ以来特に触れる機会はなかった。

子供の頃から親の離婚に始まり、多々心が痛むような出来事に覆いつくされていた青春時代を経て、デビュー後も心が穏やかになった時があったのか、今になってふと思う。

改宗したり、お子さんが自殺してしまったりと、ここ最近のシンニードも相変わらず波乱万丈なんだなぁとか思っていたら、亡くなるなんて・・・

たしか私が20歳の頃、プリンス作の「愛の哀しみ(Nothing compares 2U)」が大ヒットした。

私はその前後、何かのCMで聴いた「TROY」が忘れられなくてめちゃ探したのを覚えてる。この人のボーカルにものすごく惹かれた。

北欧系のボーカリストというと、当時はa-haなどしか知らず、女性ボーカリストが新鮮だったことと、果てしない絶望感のようなものや、激情をとても感じてしまい、迷いばかりの中で生きていた私には、共感に似た不思議な感覚がシンニードの歌を聴くことを逸らせた。

一気にアルバムを揃えて、通勤電車の往復に集中して歌を聴いていた。大変高低差のある曲調や、独特のボーカルもさることながら、儚さや情熱、ひたむきさに攻撃的なボーカル、こうしたなんともちぐはぐでありながら、1曲の中でまとまっている彼女の歌が、たまらなく好きだった。

歌を歌っていると「表現力をつける」とか「表現力豊かに歌う」という言葉が出てくるけど、シンニードの場合、技術で表現力を・・つまり歌の世界を魅せたり聴かせたりするのではなく、彼女自身からにじみ出てきたものがそのまま歌にあらわれていた。

こういう人こそが、まさにアーティスト、まさに表現者なんだなって、若いながらに当時の私は彼女の歌からそれを実感していた。

特に手話を使った映像が印象的だったPV「Success Has Made a Failure of Our Home」は、後半の叫びにも似たリフレインが聴いていると苦しくて悲しくて、でも何度も聴いてしまう歌唱の魅力があった。

この曲が収録されているアルバム「Am I Not Your Girl?」はカバーアルバムで、シンニードが子供の頃から好きな歌を集めたものだと記事で読んだ記憶がある。

甘いラブソングでさえ、シンニードが歌うとたちまちにがらっと印象が変わった。

Madonnaもカバーした「Don't Cry For Me Argentina」は、初めて聴いた時の衝撃が忘れられない。美しいのに悲しくてたおやかで・・・そんな印象だった。

私も好きな「Bewitched」「Love Letters」も、シンニードが歌うと、愛しさあふれる歌が途端に切なくて苦しささえも伴う歌に変わる、そんな風に思いながら魅了された。

マリリン・モンローが歌ってヒットした「I Want To Be Loved By You」も、シンニードが歌うと違う歌のようだった。

今夜は久しぶりにこのアルバムを聴いて寝ようと思う。まだ56歳だって。精神疾患に苦しんだ晩年だったらしい。どうか安らかな死を。

 


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