[*[遠距離恋愛] ]先の見えない日々へ

意外と早かったというか、待ったという気もしないほどに、次の日彼から返信は来た。でも、怒ってるし、精神的にはかなり重症のよう。

まだ手術については決まっていないようで(詳しく書かれていない)、ただ、その先の事への落胆の激しさで、何も考えられなくなっているみたい。「しばらくほっといて欲しい」と書かれていた。私が来月彼の住む街へ行くと言った事については、「わざわざ来なくていい。自分から行くから待っていて欲しい。でも、今は行く気になれない。何もする気になれない」と書いてあった。

とにかく、自分の事しか見えていない状態で、彼女という存在すらも、彼にとっては重たいようでして・・・実直なメールだったので、文面に頭に来た部分もあったし、私は何一つ出来ないんだという無力感もあるし、彼が思っている以上に、私の中での彼への気持ちは育っているからこそ起きる感情が苦しくて、私の方が鬱になりそうって思った。絶対ならんけどね!でも、気持ちは沈んだ。

彼は、アマチュア時代にとあるスポーツのチャンピオンだった。でも、プロに転向してから一向に芽が伸びず、諦めてそこから努力をして大学受験をして、今ではその頃が想像できないほどの職に就いた。奥様が亡くなる前までは、毎日ロードワークをしていた。身体を動かす事と、精神を鍛える事のバランスを大事にしていたようだった。ただ、身体に爆弾を抱えていた事を気づかずにいた。そのせいで、無理がたたって今になって大変な事になってしまったのだ。
奥様が亡くなってから、ふとしたきっかけで、新たな趣味として社交ダンスが生きがいになった。たくさんの女性からモテモテで、若々しくいられる居場所であり、何よりも踊っている時の昂揚感や、気持ちが踊りとシンクロした瞬間がたまらないと、私に話してくれたことがあった。自分の子供の話の次に、私に楽しそうに話してくれていた。
それが、今後一切できなくなる絶望感しか、今の彼にはない様子で、手術が怖いとか、お金がかかるとか、仕事ができなくなるとか、そういう事には興味がないみたいだし、手術をすれば、間違いなく痛みのない快適な生活が待っている可能性が高いのに、そういうことについては何とも思っていない。
病院では、すぐにでも手術をすべきだと言われたらしいけど、どう決断をしたのかは、私は話してもらっていない。きっと、手術を受け入れることは、今までの自分がなくなること、だからのよう。「そういう気持ちが貴女にわかるんですか?わからないでしょう。安易になぐさめないでもらいたい」と、メールには書いてあった。
身体に爆弾抱えているのを知らずに、急に何もできなくなると言われた事を、受け入れられないんだろうな。意地悪い言い方をすれば、爆弾あったのに無理をしたツケが回ってきたのだから、ある種自業自得で、反省はしてもいいけど、受け入れないとダメじゃん、自分の身体を大事にしなくちゃって警告受けたんだから、従わなくちゃダメじゃんとも思う。

私もいつかダンスを習って、彼と踊る事を夢見てきた。同じ趣味を通じて、同じ世界を見て、同じ気持ちを共有する事が、私たちにとってきっと、最高に幸せな瞬間なんだろうなって、すんごいイメトレをしてきたし、いつか実現できる夢だと思ってた。まだ実際にはレッスン受けなかったけど、彼の落胆と同じくらい、私だって哀しいんだ。

もし、私が歌を歌えなくなるほどの病気になったら、私はきっと生きる事を選ぶとは思う。もし、歩けなくなったら、歩けなくても済むような生活をするしかなくなると思う。それは、今私が元気だからそう思うの?違うと思う。私はそういう性格だから、だと思う。現実を見ていかなくては、人は生きていけないからだと思う。
卑屈になってしまうかもしれないし、今以上のネガティブな性格になってしまうかもしれない。それでも、生きていかなくちゃいけないんだから、って言い聞かせていると思う。だって、今だってそうだもん。
私は一度死のうとした事があった。あの時死なずにどんなことがあっても、どうにか歩いたおかげで、彼のような人と出会えたし、それ以外でもいろいろな経験を積ませてもらっている。父が死んでからは、父の分も生きなくてはって義務感もある。父のいなくなった事以上の辛くて悲しい事なんて、この世にはないって、未だに思ってる。
14歳の頃から椎間板ヘルニアと言われ、腰をかばっていろいろ頑張っている事、偏平足ですぐ足が疲れてしまい、もつれて捻挫ばかりしている事、それでもあちこち回って、弱みを一切見せずに前職で頑張りきった事、昔子どもを授かったのに、手放さなくてはならなくなった事、その後子宮筋腫の育ちが良すぎて生活に支障が出ても頑張っている事、色々あるから自分のメンテナンスは大事にしてきた事、身体についてはある種彼より私の方が先輩だと思う。
9年前の事実婚だった彼との間に起きた事で、精神的にも肉体的にも立ち直れないほどのダメージを受けても、今、どうにか一人で生活が出来ているまでになれた事、背負わなくてもいい苦労ばかりの日々だったけど、だからこそ、彼に出会えた事への感動もひとしおだった。これが最後の恋としてふさわしいと、時間を重ねるごとに実感している最中だった。
どんな苦しい事があったとしても、それが一緒に出来るなら、そんなありがたいことはないって思う。彼の余生が険しくなったとしても、支えていける喜びを味わわせて欲しいと思ってる。
これらの事を、一度も伝えた事はないし、そういう話は出来なかった。二人の時が充実していれば、しなくてもいい事だった。

こういう気持ちを、全部飲みこんだ。言いたい事は山ほどあった。冗談じゃないって気持ちもある。喝を入れたい気持ちもある。でも、きっと、すべてそれは今してはいけない事で、今後もしない事だと思う。

彼の言葉を信じるしかないので、「わかりました」とメールをした。身体に気を付けてね、って、最後の余計なお世話を添えて、ゆうべ送信をした。

いつになったら彼の気持ちが落ち着くのかわからないし、そもそも手術をするとなったら、年内は間違いなく会えないとは思う。1年、くらいなのかな。
さすがに昨日は送信後泣いた。別れではないのかもしれないけど、別れなのかもしれない。何もしてあげられない無力さしかない。彼を怒らせて失望させてしまったのも、不本意なのでさらに悲しい。